ANA国内線【PR】
出産

赤ちゃんが生まれてきてくれた!

西暦 2012年 5月 5日:
太陽黄経 = 45.325°
月の黄経 = 215.088°
月齢 : 13.8
月相 : 13
輝面比 : 99.2%
# by aohirasu | 2012-05-21 17:40 | everyday | Trackback | Comments(0)
グリフィンとお茶を ファンタジーに見る動物たち
荻原則子 徳間書店 2012年

魅力的なタイトル。ファンタジーに限らず、「ものいうけものたち」の系譜を、神話・古典から現代の小説や漫画までを広く視野に入れながら解説した一冊。著者は古代日本を舞台とするファンタジー『空色勾玉』の作家として知られる。私はまだ読んだことがない。

冒頭で著者の育った環境(ニュータウン、核家族であること)についての記述があり、戦後のいつの時期なのかよくわからなかったが、1959年生まれらしい。なるほどという感じがする。

章立てがそれぞれ、グリフィン、ウサギ、虎などの動物になっている。中でも特に興味深かったのが、ユニコーンだ。ここではピーター・S・ビーグル『最後のユニコーン』が取り上げられている。タイトルだけは知っていたが、読んだことはなかった。面白そうな設定や内容に、ファンタジーの可能性を考えさせられる。

他にもギリシア神話のアドニスとオオナムチの類似点(イノシシ)。ダイアナ・ウィン・ジョーンズ『ダークホルムの闇の君』(グリフィン)、『ウォーターシップダウンのうさぎたち』(ウサギ)、カエル、ヒヨコなどにまつわる筆者自身のエピソードもとても興味深い。

なお、ファンタジーを原作としたジブリのアニメーション(『借り暮らしのアリエッティ』『ハウルの動く城』)には違和感を抱いているらしい箇所も、面白く読んだ。
# by aohirasu | 2012-05-04 11:45 | books | Trackback | Comments(0)
幕末明治見世物辞典
倉田喜弘 編 吉川弘文館 2012年

以前から興味のある分野。
見世物と人物に分かれ五十音順になっておりとてもわかりやすい本。

すごいと思ったのはいろいろあるが、

◆歯力
歯の力で重いものを持ち上げて見せる

◆富士
凌雲閣のできる以前、浅草に木製の富士山があった(中は胎内めぐり)

◆のど芸
のどに空いた穴で芸をする(なぜ喉に穴があいたのかはわからない)

◆猫八(人名)
抜き身の刀を飲み込む、水の呑み分け、縫い針呑みなど
これも個人プレイなのでその人がいなくなれば技は消滅

◆八幡の藪知らず
入場料を取る迷路のこと…
これのガラス建築版、水晶宮というものもあったそう。
よくわからないがミラーハウスのようなものか。

◆相撲
見世物としては女相撲、一人相撲などがあったらしい。

◆山雀
なんでこれが…と思うが、山雀が興行主の言った通りのお札をくわえてくるという内容。

など(順不同)。

回転木馬なども見世物に入っていて面白い。
生人形やパノラマは知っていたが、いろいろな見世物があるものだと不思議な気持ちになる。

あまり見たくないような個人プレイのおどろおどろしいものから(猫八)、用意された施設を体験する参加型のもの(地獄極楽・藪知らずなど)、単に珍しいもの(象などの動物)など、見世物はその不思議さを競う。どぎつくお上品ではない魅力にあふれていて、興味が尽きない。
# by aohirasu | 2012-05-03 17:56 | books | Trackback | Comments(0)
ヒトラー・ユーゲントの若者たち 愛国心の名のもとに
S.C. バートレッティ あすなろ書房 2010年

小学生のころに新聞で読んでから、ナチスの少年少女組織としてのヒトラー・ユーゲントにはずっと興味があった。所属していた若者たちの足跡、そして60年以上たった今もそれについて、調べること・知ることをやめない人の営みは同じ人間のものなのだ。ここには、簡単には風化されない生々しさがある。

詳細な調査と、子どもの視点から繰り返し語られる親と子の確執。教育とはなんなのか。日本とは違う道をたどったドイツだけれど、似たものもあると感じた。ただ、当時のヒトラーの政策は用意周到で効果もあり、法律化の手順も鮮やかと言わざるを得ない面を感じる。よく言われることだけれど、アウトバーンの建設、工場の建設、森林や沼沢の開拓などがそれだ。また、ヒトラー・ユーゲントへの加入も法律化されていたと知り驚いた。

また、私の興味のあったことの一つにヒトラー・ユーゲントによって多くの他の青年団体が壊滅させられた経緯もあった。たとえばカトリックの青年団体も解散させられている。政治的のみならず宗教的ないかなる自由もそこにはなかった。組織的な襲撃による青年団体リスト(個人情報)の略奪が行われていたのである。

政治的には裁かれることのなかったこれらの、少年少女たちのしたことのあまりの大きさに愕然とする。

もしこれと同じ暴力が今、目の前で行われることがあったら(実際、世界中でそれは行われているのだけれども)、自分には何ができるのだろうか?とにかくできるだけのことをして、家族を守らなければと思う。
# by aohirasu | 2012-05-01 00:19 | books | Trackback | Comments(0)
猫の本棚
木村衣有子 平凡社 2011年

猫について書かれたエッセイや小説、についての随筆。

自分は、猫について書かれたものには殆ど興味がないのだが、メタテキストとしての木村衣有子の文章を読みたいと思った。小さかった頃はそれでも、斉藤洋の『ルドルフとイッパイアッテナ』、上野瞭『ひげよさらば』や安房直子の猫が登場する物語を楽しく享受していたのに。でもそれは結局のところ、猫に対するあるイメージを下敷きにした、人間の物語だったのかもしれない。

それにいつからか、いわゆる「猫好き」と呼ばれる人々の存在を疎ましく感じ、自分とは関係のないものとしてとらえることにしてきてしまった。私にとって「猫好き」の人たちの押しつけがましい感じ…は「猫が好きな自分が大好き」と殆ど完全に置き換えられており、わずらわしい。

私がこの随筆の中で特に興味を持ったのは下記の2冊についての記述である。笙野頼子『愛別外猫雑記』と野澤延行『のらネコ、町をゆく』。

笙野
「人に慣れていない野良猫も、ひとり暮らしで傍からみれば自由業の笙野頼子も、その人たちにとっては一緒くたの存在にしか映らないのだろうか、とさえ思わせられる」

野澤
「あまりにも陳腐な譬えだろうが、東京の野良猫はそのまま、東京に住む人、もっと言ってしまえば都会の単身者の有り様にそのまま重なるのではなというところまでつい私は、思いをのばしてしまうのだった」

ん、なんだなんだ。ここへきてハッと感じたのは、木村衣有子の違和感を感じる部分が読みたくて、私は彼女の文章を読んでいる気がするということ。そういえば、いつもそうだった気がする。必ずしも自分が同じものを感じているわけではないが、彼女が指摘する違和感にハッとしたいことは確かだ。

野良猫が単身者に重ねあわされるというのは、若者フォビアのような、疎外されているという感覚か。子どもを産む時期のかなり迫っている私は、反対に妊婦だというだけで「社会から受け入れられすぎている」と感じているというのに。
# by aohirasu | 2012-04-26 13:56 | books | Trackback | Comments(0)


< 前のページ 次のページ >